EMBELLISHが生まれるまで


塗装×デザインで、どんなプロダクトを作れるのか?


杉原) 薄上さんとの出会いは、インテリアライフスタイル展でお見かけしたのが最初でしたよね。

薄上) 当時私は、YSMという特注照明の会社さんと一緒に自社製品の照明を開発していて、その時にお話ししたのがきっかけでした。その後、私が手がけるトロフィーの制作案件で「粉体塗装をお願いできないか」と杉原さんにご相談したんです。

杉原) 薄上さんは金属の扱い方にすごく長けていて、加工のアイデアや表現の仕方がとても上手。シンプルだけど、その中に他の作品とは違う特徴があるんですよね。だから、「いつか一緒にお仕事ができたら面白いだろうな」とずっと思っていたんです。

薄上) 私もお会いする前から、杉原さんのブランド「CYUON」のことをよく存じ上げていて。一般的に粉体塗装は「選べる色が少ない」「表現が難しい」と言われることが多いですが、CYUONの技術は金属の地の質感を活かしたグラデーションが圧倒的に美しい。まるで焼き物に使う釉薬のような魅力があります。その表現の可能性に、すごく惹かれていたんですよね。

杉原) 実は今回のプロジェクトは、CYUONが今年で10年目を迎えたことがひとつの大きなきっかけになっています。ありがたいことにこれまで様々な案件をいただいてきたんですが、基本的には受け身の仕事が中心だったんです。そのため、私の中で「いつか自分たちから発信するプロダクトを作りたい」という思いをずっと抱えていて。

一方、日頃お付き合いのあるデザイナーさんたちからは、「どうしてもクライアントワークが中心で、自分の作品を自由に作れない」という声も聞いていました。そこで、自分たちの粉体塗装とデザイナーさんたちの表現を掛け合わせて、今までにないような自由な作品作りの場を形にできないかと考え、「EMBELLISH」というプロジェクトを立ち上げました。その第一弾のパートナーとして、プロダクトデザイナーである薄上さんにお声がけしたのが始まりでしたね。

薄上) お話をいただいたとき、妻の実家が杉原さんの工場に近いという物理的なご縁もあって、すごく親近感が湧きました(笑)。何より杉原さんは、私のアイデアを否定せずに、その意図をしっかり受け取ってくれる。「こういう人となら、絶対新しい価値を持つブランドを立ち上げられるはずだ」と思って、参画することを決めました。


重ね合わせて、動かして
グラデーションを自由に遊ぶ

杉原) そうして薄上さんに第一弾としてデザインしていただいたのが、壁面に装飾するアートパネル『コンポジションズ』でしたね。

薄上) まず検討したのは、「粉体塗装の特徴をダイレクトに表現する」ということ。杉原さんの工場でよく使われているステンレスというのは少し特殊で。通常よりも鉄の成分を多く含んでいるため、磁石がくっ付きやすいという強みがあります。その素材の特徴を活かして、ユーザー自身が複数の金属パーツを重ね合わせたり、動かしたりして、グラデーションの色の変化や重なりを自由に組み替えられるものを考えていきました。

杉原) ユーザーが自由に遊べる余白があるという視点が、本当にすばらしかったです。

薄上) 作家性や意図が強すぎると、ユーザーが楽しむ余白がなくなってしまうということが起こります。それを避ける意味でも、表現はできるだけ抽象化して、飾る場所の光の加減や、その日の気分に合わせて、グラデーションの重なりをユーザー自身に楽しんでもらえるような作品を意識しました。

ただ、この形に辿り着くまではかなり葛藤がありました。一番難しかったのは「どこをめがけて作っていくか」という着地点のバランスです。最初は広く手に取ってもらいやすいプロダクトを考えていて、なるべくシンプルで作りやすく、流通しやすい壁掛け棚や鏡などを想定していたんですが……

杉原) でも、私がそれにストップをかけてしまったんですよね。というのも、量産されたプロダクトの中には、非常に品質の高いものもたくさんあるじゃないですか。それらと同じ方向に自分たちの意識を置くというのは、どこか違う気がしたんです。そうではなくて、私たちは徹底的に自分たちのクリエイティブにこだわりたい。非効率でもいいから、作り手の手触りであったり、素材の偶然性が残ったりするものを作りたいと思ったんです。

薄上) あのオーダーには痺れました。CYUONの技術は「どんな色でも出せるし、何でもできる」のが強みです。でも、だからこそ「何でもできます」をやってしまうとメッセージがぼやけてしまう。無限の選択肢の中から「何をやらないか」「いかに要素を絞るか」を決める作業が、今回の制作で最もシビアでクリエイティブな課題でした。

杉原) 大変な作業だったと思いますが、『コンポジションズ』の仕上がりには、私も本当に満足しています。


量産品でもアートでもない
曖昧で新しい「何か」を開拓する

薄上) 何もないゼロの状態からブランドを定義していくプロセスは、本当に勉強になりました。今回の『コンポジションズ』は、カンディンスキーやモンドリアンといった抽象絵画へのオマージュでもありますが、そこに「ユーザー自身が遊び方を選択できる」というアプローチも掛け合わせています。これは、製造のプロセスとアート的な視点の間でバランスを取るという非常に難易度の高い挑戦でしたが、これまでにないとても面白い体験をさせてもらいました。

杉原) 日本では「アート」という言葉は敷居が高すぎるので、軽々しく使うべきではないと感じているんです。かといって私たちが作るものは、単なる量産品のプロダクトでもありません。その「中間」にあるような、今までになかった曖昧なカテゴリーを開拓していくのが醍醐味だと思います。

薄上) 粉体塗装は汚れに強くタフなので、今後はホテルのような大きな空間でのアートパネル展開や、和紙などの異素材との組み合わせなど、いくらでも可能性は広がっていくと思います。

杉原)今後もEMBELLISHは、色々なクリエイターが集まり、「こんな実験をしてみたい」とアイデアを試せるファクトリーのような存在に育てていきたいです。とはいえ、ただ作って満足するだけの作品にはしたくない。きちんと世の中に浸透させて、誰かの日常の空間に迎え入れてもらう。そこまでやりきって初めて、このプロジェクトは完成すると思っていますから。ここから始まるEMBELLISHの新たな展開に、ぜひご期待ください。